不謹慎と自粛について
東日本大震災から4週間が経過しました。
被災された方に心よりお見舞い申し上げます。
パソコンの作動時間を減らして少しでも節電になればと,本ブログの更新をしないでおりましたが,火力発電所の稼動等により電力もある程度回復してきたため,記事を更新します。
有名どころではありますが,おちまさとさんのブログで,「『不謹慎』とは何か。」と言う記事があったので紹介したいと思います。おちさん自身の明確な主張が無いのは残念ですが,3月14日の時点で冷静にかつ的確に状況を捉え,問題を提示しています。
(前略)福島第一原発問題において 使用できる電力は激減し 交通手段の環境が 悪化しているので 多くの仕事が 潤滑に回らなくなっているのも 現実である。
だけども 働ける人間は働かなければ 前進できない。
ただ 何となく その空気を 遮っているものがある。
それは 一体何なのだろうか。
例えば 現在あらゆる 楽しいことがコンセプトの ライブやイベントは 数多くが中止を余儀なく されている。
「この時期に何を考えてるんだ」
ということが最大の理由か。
もっと簡単に言えば
『不謹慎』
という三文字が 文鎮のように乗っかっている 気がする。
流石にそれは この時期に『不謹慎』だ と思う事もある。
しかし この『不謹慎』のボーダーは 誰にもわからない。
『不謹慎』とは 慎みがないという事だ。
慎みとは 控え目に振る舞うこと。
果たして どこまでが『不謹慎』なのだろうか。
東京でバリバリ仕事をしていること 費用対効果があるので 車で移動すること 御飯を食べること こうしてPCでブログを書くこと など何をするにおいても 何か目には見えない
『不謹慎の地雷』
を探り探りしながらの 空気感が この新たな月曜日には まん延しているような気がした。
もちろん 先週の金曜日の朝のように 無条件には動けない。
しかし 我々は 動かなければならない。
(中略)
そういう時に 僕はやったことがないが パチンコをしていたら どうなのだろう。
節電じゃないから 『不謹慎』なのか。
でも パチンコ業界側からすれば 突然お客さんが来なくなることは とても困ることとなる。
僕は毎日ジムに行くことが 歯磨きの様な日常なのだが ランニングマシンは節電に ならないので これも『不謹慎』になるのだろうか。
こちらも働いている人がいるが 道を走れと言われれば それも確かだ。
このうように 『不謹慎』にはハッキリとした 境界線がないが どこに境界線を置こうと その境界線の向こうには 必ず労働者がいることを 忘れてはならないような 気がする。
(中略)
労働力や働く精神力を 落としてしまっては 本当に株式会社日本は 倒産してしまう。
明日からも 多分 『不謹慎』のボーダーを 探り探り まさに空気を読みながら その『不謹慎』の領域を 少しずつ狭めて行くはずだ。(後略)
とても冷静で的確な問題提起だと思います。ただ,この後の記事だとおちさんも冷静さを欠いており,残念に感じます。
さて,3月,4月中のイベントは中止が相次ぎ,夏の花火大会の中止まで既に決定している自治体もあります。東京都の花見の自粛等,さまざまな自粛が議題にあがりました。
この問題に僕自身は2つの視点が疎かになっていると感じています。1つはケースバイケースに考えるという視点。もうひとつは「不謹慎」「自粛」という,感情的な言葉が使われることによって,インフラの不安定さという本来の問題点から論点がずれているということです。
まずケースバイケースの話です。
3月中には西日本のイベントも中止や縮小を余儀なくされたものもありました。もちろん個々の判断で楽しむ気持ちにならず,参加しないというのは自由です。でも,西日本における自粛は無意味です。節電しても周波数の違いから東京電力に送ることができる量は限られています(既に限界量が送られています)。京都大学の大学院にいる友人が,京大内で節電の通達があったといっていました。天下の京大の理解の低さに正直驚きました。
むしろ東北電力・東京電力の管轄外では空元気でも騒いで経済を活発にして欲しいと思います。
それから,おちさんも取り上げていたパチンコの話。震災直後は,必要物品を販売すべきスーパーが節電のため閉店し,パチンコ屋がまったく節電せず煌々と光っていると言う笑えない冗談が実際にありました。これこそ不謹慎です。
パチンコ屋もそれで生活しているわけであり,営業するなとは言いません。でも,節電に協力してライトを落とす,縮小営業する,と言った配慮があってもよかったのではないかと思うのです。それは何もパチンコ屋に限らず,アパレルやエンターテイメントなど,全ての事で言えると思いますが。
そして2番目。インフラの話。これぞ僕の本論です。
東京都の花見の自粛がありました。その是非について,「被災者への配慮」や「こんなときだからこそ娯楽が必要」といった,感情面での議論が盛んに行われているようです(http://kuchikomi.ameba.jp/user/listEntry.do?prId=6790)。
しかし,花見やイベントはそうした感情のために自粛が必要なのではありません。井の頭公園では,節電のため電灯の明るさを落としています。夜間の安全が保証できないために,花見ができないそうです。仮設トイレも被災地に運んだため、確保できないそうです。さらに,いまだに電気が不安定であることに変わりはありません。酔っ払った大人数を集めて停電したらパニックのリスクも高まります。
被災者への配慮とか,娯楽が必要とか,感情的な問題ではなく,インフラが不安定な現在の状況では,一箇所に人を集めるということが,リスクが高いから行えないのです。
それならば来る人の自己責任でやればいいのでは,と言う意見を言う人もいますが,それは違います。リスクの説明を来場者全員に行うことは難しく,そこまで深く考えた来場者は少ないでしょう。来場者に自己責任の徹底ができない以上,イベントの主催者には来場者の安全を確保する義務があります。万が一の事態が起きてからでは遅いのです。
夏の花火大会の中止を既に決定している自治体もあります。感情的な議論がなされていますが,それも同様におかしな話です。電力消費量が増大する夏季には再び大規模停電が起きる可能性があります。1箇所に大量の人数が集まる花火大会の時に停電すれば大パニックになります。
震災によって,多かれ少なかれ,誰もがショックを受け心を痛めています。被災者の方の苦労は計り知れず,近しい人を亡くした方の心痛もまた計り知れません。関東の人は計画停電や買占めのストレスも相当のものでした。
そうした中で,心がささくれだし,感情的になってしまうのも分かります。僕自身も感情的になった部分もありました。ですが,そういうときだからこそ,私たちは冷静に物事を判断せねばならなりません。
「不謹慎」「自粛」と,きわめて感情的な単語です。僕も震災直後には何も考えずに使っていましたが,今となっては言葉自体が一人歩きしだしたようにも感じます。「~の理由で不適切」「中止」と事実だけを示す単語を使用すべきなのではないでしょうか。
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